八朔(はっさく)
今日は八朔です。八朔!?言葉の響きから柑橘類をイメージしてしまうのは私だけではないはず。八月朔日(さくじつ)の略です。朔日はついたちとも読む、つきはじめの日のことです。旧暦の八朔は新暦の9月頃にあたるため、かつては田畑にお供えをして、豊かな作物の実りを神様に願っていたのです。調べてみると、鎌倉時代ごろから「稲の実=田の実=頼み」と変化して頼みにしている人に感謝を込めて贈り物をする習慣も生まれたようです。徳川家康が初めて江戸城に入城した日が八朔出会ったことから、江戸時代には祝日となったようです。今でも京都の花街では舞妓衆と芸妓衆が黒紋付を纏って日頃お世話になっている芸事の師匠やお茶屋さんを巡る八朔の挨拶回りをしているようです。ところで、最近食べていないハッサクですが、1860年(万延元年:安政の後です)に因島(広島県)のお寺の境内で原木が発見されました。その名前はお寺の住職が「八朔の頃から食べられるだろう」と言ったことからついたそうです。そのために漢字の表記も八朔ですが・・・実際の食べ頃は3月頃です。おいおい、住職食べていなかったのか〜〜い?と尋ねてみたい気持ちでいっぱいです。というのは前置きで、季節柄糸瓜の話題を持ってきました。ヘチマはきゅうりや冬瓜に似た夏野菜です。沖縄ではナーベラと言ってニガウリのように煮たり焼いたりしていただくようです。ゴーヤも遠い親戚なのでしょうか?完熟した実からはヘチマ水がたくさん取れます。化粧品や咳止めなどに使われてきました。黄色くなった果実は繊維部分を残して作ったタワシとして、お風呂で体を洗うスポンジとして使われてきました。この糸瓜の繊維部分は漢方の生薬にも使用されていて血行を良くして胸や筋肉の痛みをとる働きがあるようです。明治時代の俳人・歌人である正岡子規も、痰を切る目的でヘチマ水を飲んでいたそうです。子規は結核を患い、34歳の若さで亡くなりました。ヘチマをこよなく愛して多くの歌や画を残したため、彼の命日は「糸瓜忌(へちまき)」と呼ばれています。辞世の句も3句詠まれていますが全て糸瓜に関するものです。1句のみ紹介させていただくと「糸瓜咲て痰のつまりし佛かな:糸瓜の花が咲く頃、痰が詰まって仏になろうとしている私」です。ちなみに彼の命日は9月19日です。