2026.09.01

『三四郎』にみる、“気鬱”とセロトニン

秋が深まり、夜が長くなってくると、ふと物悲しい気分に襲われることはありませんか。まだまだ暑いですけれどね・・・明治の文豪・夏目漱石の代表作『三四郎』の冒頭では、九州から上京する主人公が、変わりゆく景色と都会の喧騒の中で抱く、落ち着かない不安感や「ストレイ・シープ(迷える羊)」としての孤独が繊細に描かれています。この秋の夜長に感じる「なんとなくの不調」や「寂しさ」は、単なる文学的な情緒ではなく、実は現代医学の視点からも説明がつく現象です。秋になると日照時間が急激に短くなります。私たちの脳内では、日光を浴びることで分泌される幸せホルモン「セロトニン」の量が、光の減少とともに低下しやすくなります。漱石の作品に漂うどこか内省的で、時に抑鬱的な空気感は、彼自身が抱えていた神経衰弱の影響とも言われますが、これは現代で言う「季節性感情障害(SAD)」に近い状態だったのかもしれません。日照不足によりセロトニンが不足すると、感情のブレーキが効きにくくなり、不安や意欲の低下を招きます。三四郎が都会のスピードに圧倒され、自分の居場所を見失うような感覚に陥ったのは、環境の変化だけでなく、季節がもたらす生理的な変化も重なっていたのではないかと想像を巡らせるのも一興です。この「秋の気鬱」を医学的に乗り越えるための知見は、実はシンプルです。漱石の時代の文士たちが徹夜で執筆に耽ったのとは対照的に、現代の私たちは「朝の光」を意識的に取り入れる必要があります。起きてすぐにカーテンを開け、5分から15分ほど日光を浴びるだけで、脳内ではセロトニンのスイッチが入り、一日の心の安定が予約されます。また、秋の味覚であるサンマやキノコには、セロトニンの原料となるトリプトファンやビタミンB群が豊富に含まれており、食事からも「心の栄養」を補うことが可能です。漱石は、西洋化を急ぐ日本の行く末を案じましたが、現代の私たちは、デジタルの光に急かされる毎日を送っています。秋の夜長、スマートフォンの青い光を少しだけ消して、紙の書籍を開いてみる。三四郎が感じた孤独に共鳴しながら、自分の心と静かに向き合う。そんな時間は、情報過多で疲弊した脳にとって最高の休息となります。愛犬ポンポンが秋風を感じて耳を澄ませるように、私たちも季節の変化を五感で受け止め、体のリズムを整えていきましょう。名作が教えてくれる心の機微と、医学が教える体の仕組み。その両方を味方につければ、秋の夜長はもっと健やかで、深いものになるはずです。