胃切除術成功
テオドール・ビルロート(1829〜1894)のことを知らない医者はいないはずです。胃がんの手術術式で有名だからです。ビルロート1法・2法があります。ビルロートが手術していた頃、日本は明治14年です。大隈重信が現役バリバリだった時代です。ビルロートの成功は5年間に及ぶ周到な動物実験の成果とも言えますが、早い話症例が良かったのかもしれません。胃がんと言っても当時は手術対象は症状と触診で診断がつく幽門部に限られていたので、手術が容易な症例に出くわすのは余程の強運なのです。第一例目となった患者は43歳女性のヘラー。ここ一月吐きづくめで衰弱し切っていたのです。以内を微温湯で繰り返し洗浄して、術後の給餌にならすためにペプトンの注腸を施していたのです。そして1881年1月29日に歴史的手術が始まったのです。手術室内は20℃に暖められて、クロロホルム麻酔とリスターの防腐法が用いられました。麻酔をかけると全身の筋肉が弛緩するのでよく触れるようになった可動性のある小さいりんご大の腫瘤の直上に横切開が加えられたのです。痩せた腹壁は薄く腫瘤が露出するのには何分もかからなかったのですが、不気味な結節状の浸潤を伴う幽門部がん(胃がんの中でも肛門側のがん)で肛門側3分の1を占めていたのです。ビルロートは慎重に血管を結紮して(血管を縛って出血させない処置)、浸潤の少ない小彎側を長めに残して胃を切除した。胃の断端は十二指腸と吻合したがその再建に絹糸を50針要した。麻酔を含めて1時間半の手術であったと記録には残っていますが、この間誰1人として一言も喋らず、完全な静粛の中で手術が行われたのです。ヘラーは術後22日で退院したのですが、5月24日に肝転移で死亡して剖検が行われています。ウィーンの医史学博物館「ヨゼフィーヌム」のビルロートの展示には切除胃と剖検胃が並んでいるそうです。