2026.03.24

ライシャワー事件

この事件のことをリアルタイムで見ていて、かつこのブログを読んでいる人は5人おられるでしょうか?私は全く知りませんでした。昭和39年(1964年)なので私が生まれる14年前の話です。その年の10大ニュースの1位は東京オリンピック、2位が新潟地震、3位が新幹線開通と続いて8位にライシャワー事件がありました。日本の医療行政に大きなインパクトを与える事件だったのです。62年前の今日3月24日の正午過ぎ、「私は公邸での昼食会に出るため、大使館を出ようとした。ドアを通り抜けようとした私は、小柄で痩せた日本人に突き当たった。私を見上げた男の顔が光り、大きな出刃包丁を手に突進してきた。包丁は私の右の腿に真っ直ぐに入り、大腿骨に達して刃先が折れた」。親日家で知られる駐日米国大使Edwin Reischauer(エドウィン・ライシャワー)は右大腿に30cmの傷を負い、近くの虎の門病院で緊急手術を受けたのです。この事件はただ外国人が刺されて大変だったねということではなく、それだけで済まされていたら生麦事件と一緒なのですが、2つの大きな医療行政改革をもたらすことになったのです。ライシャワーには大量の輸血が行われ、彼は「今や自分は日米の混血になったから日本に一層の親近感を抱く」と述べて日本中が安堵したのも束の間、輸血後肝炎に罹患したのです。昭和39年当時は常習的な売血者の”黄色い血”で効率に肝炎が起こっていたのです。急遽、同年8月21日に「献血の推進」が閣議決定され、血液事業が売血から献血に大転換したこの日が、献血記念日になったのです。もう一つは精神衛生行政。ライシャワー大使を刺した統合失調症の治療歴のある19歳の青年は不起訴処分になったものの、全国で1000000人を超す精神異常者の”野放し”状態が改めて問題となりました。緊急改正は見送られたものの、翌年1965年に精神衛生法が一部改正され措置入院制度が強化された反面、通院医療費公費負担制度などが実現したのです。ちなみに今では当たり前ですが、昭和49年(1974年)からすべての血液製剤が献血で賄えるようになったのです。以外と最近の話なのですね。