石田三成のお腹
徳川家康との天下分け目の戦いに挑んだ石田三成。
司馬遼太郎の小説「関ヶ原」も面白かったのですが、V6の岡田くん主演の
映画「関ヶ原」も面白かったです。どちらかというと加藤清正や福島正則らの武断派からは
好かれておらず、特に朝鮮出兵の際には現場との意見が折り合わず対立関係が根深いものでした。
なんだか気が利かない人、人の痛みがわからない人、人間味が無い人のように記述されることも
多いのですが、そんな人が、寺の小僧時代に秀吉に「三献の茶」を提供できるものでしょうか?
最初はぬるいお茶、次にやや熱いお茶、そして最後に熱いお茶を出して、細やかな心遣いを買われた
という逸話です。後々加藤清正と揉めていることを考えると「あの時の気遣いはどこへ行った?」と
言いたくなりますよね。話を元に戻して、関ヶ原の戦いでは同盟の毛利は動かず、小早川は裏切り、
脇坂も寝返り・・・ということで石田三成率いる西軍は敗北。その原因がお腹を壊していたという説が
あるのです。しかも先日から調子がイマイチだっという記録があります。食中毒だったのでしょうか?
私でさえ、試験前は食べ物に注意しますから、三成さんはもっと細心の気配りをするでしょう。
では何で、三成さんのお腹は調子が悪かったのか?過敏性腸症候群!聞いたことありますか?
私はこれだと思うのです。
過敏性腸症候群とは、主に大腸の運動機能と分泌障害で起こる病気で、がんや炎症などの異常を認めない
のにお腹の調子が悪くなる病気です。症状は下痢タイプ、便秘タイプ、下痢と便秘を繰り返すタイプ
があります。好発年齢は20〜40歳で日本人の10〜15%に認められるそうです。どうやら腸を司る
自律神経のバランスが崩れたり、細菌感染がきっかけになるようです。弱い刺激でも腹痛や消化器症状を
起こしてしまいます。繊細かつデリケートな三成さんであれば、天下分け目のプレッシャーで医学的にも
お腹を壊してもおかしくない状況だと思います。