ないはずのものを感じる脳
脳に障害を負うことは、我々の生活に大きな影響を与えます。患者さんにとっても、その方を取り巻く家族や社会にとっても大きな損失です。なるべく早く治療が成功し、また元通りの日常生活を送れるように願うばかりです。どのような障害を負うと、どのような機能不全が生じるのか、また行動異常が生じるのかと言うのは、脳の働きを知る上で非常に貴重な情報なのです。少しのことでも薬や毒で体の機能は変わってしまいます。いくら堅牢に守られていると言っても、一部でも障害を受けると7月3日のブログで登場したフィニアス・ゲージのように性格までが大きく変わってしまうのです。私も旭川医大に勤務していたときに似たような患者さんの受け持ちをした事がありますが、右下腿を閉塞性動脈硬化症(血管が動脈硬化によりつまってしまう病気)で切断されている状態の方は、失ったはずの右の下腿が痛むと言う症状に悩まされ続けてきました、これを幻肢痛と言います。手や足にかぎらず切断した四肢が痒くて仕方がないと同じ報告を見かけます。痛みを感じているはずの神経はすでに存在しないので、痛み止めはそもそも効果がありません。つまりこの痛みや痒みを感じているのは脳が作り出したものということになります。米国のV•S•ラマチャンドランは”脳をだます”画期的な方法でこれを解決しました。手の幻肢痛であれば、中央に鏡を置いた箱を用意して、その中に手を差し入れます。存在している手の方から覗き込むと、あたかも両手がその箱の中に差し入れられているかのうように錯覚します。この状態で、存在している方の手をさすってあげると、脳は失った方の手もさすられていると勘違いします。このような治療を繰り返すことで、やがて幻肢痛は消え去ったというのです。脳が我々の痛みの感覚を支配し、脳が勘違いすることで痛みも消えてしまうのです。私たちの感覚はすべて脳によって決められていると言っても過言ではないのです。