センメルワイス
以前にも登場したことのあるセンメルワイスですが、ハンガリーの医学者でイグナーツ・フィリップ・センメルワイスが1818年の今日、7月1日にブダペストのブダで裕福な商家に生まれています。彼の本名は読み方が様々で以前私のブログに登場した時にはゼンメルワイスと記載しましたが、本日は英語読みのセンメルワイスとしました。センメルワイスはウィーン大学で産褥熱の蔓延に疑問を抱き、原因が分娩を介助する医師の汚れた手にあると考えて手洗いを励行することでそれを実証して見せたのです。ですが、頑迷な産科教授は従来の考えに縛られて時流を受け入れる事ができませんでした。感染症はもとより細菌の存在自体が知られていなかった時代です。センメルワイスの生まれるのが早すぎたのかもしれません。失意の彼は故郷に温かく迎えられ自説の正しさを証明したのですが、その業績を広く認められることのないまま晩年は精神を病んで亡くなったのです。私も以前働いていた病院で患者さんたちにとって良い事をしていたつもりですが、コロナ禍というタイミングで上層部から色々とストップが掛かりやるべきこと(やりたいこと)ができなくなったために、退職した経緯もあります。現事務長と一緒に働いていたので「俺たち、生まれるのが早すぎたのかな?」と本気で悩みました。国民的英雄である彼の名を冠した現在の「国立センメルワイス大学」は1635年創立のハンガリー最古のペスト大学が前進で、1769年に設立された医学部でセンメルワイス自身も学んでいます。「ペスト大学医学部」はやがて「ブダペスト医科大学」に、そして創立200年祭が行われた1969年には「センメルワイス大学」に改称されたのでした。今では医学部の他に歯学、薬学、体育学、スポーツ科学、ヘルスケア学の学部を備えて、医学部の学生数は3,200人、大学病院は2,800床の規模で世界に門戸を開いています。ものすごい大きな規模ですね。日本では埼玉医科大学が医学生交換留学プログラムを持って、互いに外科研修生を受け入れているようです。センメルワイスは失意の中亡くなりましたが、幸い私は失意をしても元気に外来をしていますのでセンメルワイスの分も頑張ります。