マダムXの鎖骨
皆さんは、マダムX〈ピエール・ゴートロー夫人〉という絵画をご存知ですか?ジョン・シンガー・サージェント(以下サージェント)という画家の方が描いた肖像画です。一度検索してみてください。アメリカ人のサージェントは26歳の時に、社交界の花と讃えられた23歳のアメリカ人女性ゴートロー夫人に出会って、モデルになってくれるように懇願したとのことです。彼女は親子ほど歳の離れた裕福なフランス人銀行家に嫁いでいて、華やかなパリで、当時は田舎者と見られていたアメリカ人同士は彼らを軽んじていた人々の鼻を明かそうと意気込んだに違いないと思います。マダムXと題になっていますが、端正な横顔のシルエットと優美な首のライン、大きく開いた胸元の白い肌。それらが黒いベルベットのドレスと暗い背景との対比で際立っているのです。我々からみると大胆なドレスだなとみなされる衣装ではありますが、その当時のフランス人からは、ふしだらで娼婦のようであると酷評を受けたようです。そのためサージェントはフランスに居づらくなってイギリスに渡り、夫人も人気が失墜してしまいました。しかし、時は移り、メトロポリタン美術館の代表的な作品の一つとして、現在では高い評価を受けているのです。私が違和感を持つのはマダムXに胸鎖乳突筋(首の筋肉)がはっきり出ているのに、鎖骨が描かれていないことです。鎖骨が現れるはずであろう場所には凹凸がないのです。もし肩を上げたり、肩を前に出したりするのであれば、鎖骨が体表にはっきり現れます。皆さんも肩を動かして鎖骨を感じてみて下さい。豊満な女性の場合、姿勢次第で鎖骨が現れないこともあります。マダムXはコルセットのためにウエストがくびれていて一見スリムだけど、実はそれなりにふくよかだったので鎖骨が出ないのかもしれません。肩を下げて胸を張って背中で肩甲骨同士を近づけると、鎖骨が肋骨に近づくので体表では目立たなくなるのです。ですが、肩を上げたり前に出すと鎖骨と胸郭(胸)を構成する肋骨が離れるので鎖骨が見えてきます。つまり、あえて鎖骨を描かないことによってなめらかな肌を強調しているだけではなく、胸を張って堂々とした姿勢を表現していた可能性があります。サロンに出展した時には右の肩紐は肩から外れていて、より官能的に描かれていたようです。これが退廃的とみなされて不評だったので、サージェントが後に修正したと言われています。今日は鎖骨の話題でした。