リスターと口内洗浄
英国グラスゴー大学外科教授のジョセフ・リスターは、「傷口が化膿するのは自然現象である」ということに納得できず、パストゥールの論文「腐敗に関する考察」から石炭酸消毒を思い付き、処置中の室内や創部に石炭酸を噴霧して、切断しなければ100%助からない複雑骨折患者の保存的治療を試みたのです。1865年8月12日の第1例彼1867年4月1日まで計11例の治療で9例が救命され、その画期的な成績の報告が同年3月16日付のランセットに掲載されたのでした。リスターの「防腐法」は特にドイツでは早くから支持されたのですが、お膝元の英国には否定論者が多く、米国では話題にもならなかったのでした。ですが、リスターは1876年米国外科学会の大御所サミュェル・グロスに招かれて防腐的外科手術の講演を行い、その後米国内で新たな消毒液が開発されています。ローレンス博士と薬剤専門家のランバード氏がリスター博士の手法に基づいて1879年、安全性と保存性の高い製品の開発に成功したのでした。この二人はリスター博士の名前にあやかり琥珀色の消毒液を「リステリン」と名付けることを申し出て、二人の熱意に押されて博士も承諾したのでした。当初、外科手術用の消毒液だったリステリンが、1895年から世界初の口内洗浄液として歯科医向けに発売されたのでした。1914年には一般消費者向けにも販売されるようになったのです。リスター博士が外科手術していた年は、日本でいえば慶応元年であり、新撰組、長州藩士、薩摩藩士、会津藩士たちが熾烈な争いをしている時期でした。日本も文明に乗り遅れないようにもがいている時期でしたが、リスター博士らは成熟した文化の中で救命を模索している時期だったのですね。そう考えると日本も追いついた感がありますね。