三百数十年後の臨床診断
光と影の画家レンブラントをご存知ですか?名前を知らなくても絵を見たら「あ〜、この人が描いたの?」ってことになると思います。レンブラントは、ゴッホとともにオランダ生まれの世界的画家です。日本ではなぜかゴッホ人気が高いのですが、ヨーロッパではレンブラントの評価が高いようです。レンブラントには「夜警」や「テュルプ博士の解剖学講義」といった名画があります。本日の話題はレンブラントの作品で「ダビデ王の手紙を手にしたバテシバの水浴」です。ルーブル美術館に秘蔵された逸品です。バテシバは旧約聖書に出てくるイスラエルの女性のことです。この絵のモデルはヘンドリッキェという27歳のレンブラントの愛人と言われています。好色ぶりが知られるソロモン王ダヴィデは、絶世の美女として都に聞こえた部下の妻バテシバに目をつけて、己の欲情を遂げようとしていたのです。北はダマスカス(シリア)から南は紅海までなのでシリア、ヨルダン、イスラエル、エジプトまでといったところでしょうか?その広範囲を統治する専制君主なので全ては思いのままです。バテシバの夫を戦場に追いやり、その留守中に「是非とも王宮に来るように」と彼女にラブレターを送りつけたのです。良淑な妻のバテシバは、国王の手紙を手にしたまま、「行こうか行くまいか」を思い悩んだのです。困惑して心を痛めるバテシバの姿をレンブラントは独特の明暗の深みのある色彩で描いたのです。ところで、このバテシバの左乳房に注目すると外側に明瞭な陥没が認められます。この絵が描かれたのは1654年、日本では4代将軍徳川家綱の時代で、乳がんであり転移の進んだ第4期の始まりの像と考えられます。愛人の胸のくぼみが乳がんだとはつゆ知らず、病像を正確に描いていたことになります。ヨーロッパの医師たちがこれに気づいたのは1990年なので336年を経て臨床診断がついたのです。実際のレンブラントの愛人であるモデルのヘドリッキェは、この絵が描かれた8年か9年後に亡くなっています。若い人のがんは一般に進行が早いのですが、乳がんの中には3期〜4期に至っても死亡までの期間が比較的長い症例があります。つまりヘンドリッキェの乳がんもゆっくりと進行したものと考えられます。17世紀半ばに、天才画家が癌と知らずにがんを描いた医学的に非常に価値の高い肖像画といえます。乳がん検診を受けたくないという女性には、このお話心に沁みませんかね?