海軍VS陸軍 玄米食べればいいじゃーん
脚気(かっけ)のおはなしです。以前北海道にいた時に地方会で脚気心の症例報告を見ました。
当時は研修医だったので、得てして感動はしなかったのですが、今思うと珍しい症例だったのです。
確かひきこもりで食事を食べておらず、救急搬送されたときには心不全(いわゆる脚気心)で、
どんどん悪くなっていく状況で食事などの聞き取りから脚気心を疑いビタミンB1を投与すると復活
したという症例でした。ビタミンB1すご~いと思った印象です。平安時代から病気の記録はあり、
心不全やしびれ、麻痺などの神経症状も多彩に認めるので、現代のAIDSや戦前の結核のような存在
だったのではないでしょうか?明治16年海軍が横浜を出発して、ニュージーランド、チリ、ペルー、
ホノルルを経由して横浜に帰る遠洋航海を行いました。その際乗組員378名中169名が脚気に罹患し
23名が死亡するという事件が起こりました。海軍軍医総監の高木兼寛(東京慈恵医大創設者)は
白米中心の食事に脚気の原因があるのではないかと、翌年食事を西洋風に変えて実験航海を行いました。
結果、乗組員332名中15名が脚気に罹患しましたが、死亡者数はゼロという快挙でした。
これに反対したのは陸軍軍医総監の森林太郎(森鴎外)です。森は感染小説を妄信するあまり、
多くの兵士を脚気で失うことになったのでした。
決着がついたのは明治27年の日清戦争の時です。
陸軍:戦死者977名 病死20159名(内脚気の死亡者数3944名)であったのに対して・・・
海軍:出動人員3096名中 脚気罹患患者34名、内脚気による死亡者1名と軽微でありました。
それ以来陸軍でも洋食を採用することとなったようです。でも森林太郎は死ぬまで認めませんでした。
高木はイギリス医学、森はドイツ医学をとりいれており、脚気の原因はのちにビタミンB1欠乏とされ
ビタミンB1を発見したオランダ人のエイクマンはノーベル賞を受賞しております。