2026.03.03
花埋み(はなうづみ)
私が大好きな作家さん渡辺淳一の「花埋み」をご存知でしょうか?この花埋みというタイトルは、女性が社会の片隅で埋もれていく(=花のように咲きそびえる)運命への抵抗と、自らの力で自らの力で道を切り開く姿を象徴しています。さて、この小説は、日本初の公許女医第1号の荻野吟子(本名ぎん)の波瀾万丈な生涯を描いた評伝小説です。彼女は嘉永4年(1851年)3月3日に武蔵国幡羅郡俵瀬村(現在の埼玉県熊谷市)に生まれています。175年前の今日ですよ〜。時代は徳川家慶(12代将軍)の時です。19歳の時に夫にうつされた性病のため、入院した順天堂醫院の屈辱的な体験から、同じ苦しみを抱える女性を救うために、偏見と障害だらけの明治時代に医学の道を志しました。文部省御用掛だった石黒ただのりの好意により私立の医学校好壽醫院で明治12年から3年間学び、医業開業試験に出願するものの「先例がない」と何度も却下されました。しかしここでも石黒の影の力が働き、衛生局局長の長興専斎の英断で2年後の明治17年6月に受験が許可されたのです。優秀な吟子は、その時の9月に前期試験、翌年3月の後期試験と相次いで合格し、12月に医籍登録されて34歳で日本初の女医さんが誕生したのでした。本懐を遂げて本郷・湯島に回業した吟子でしたが、キリスト教に入信し、彼女の後半生の医業は社会奉仕やフェミニズム運動を支える手段に過ぎなくなりました。明治26年の「女学雑誌」には「医は女子に適せり。ただ適すといふのみにあらず。むしろ女子特有の天職なり」と書いた吟子。かつて病に悩む同性を救うことだけを目指した彼女がこんな境地に達していながら、後進を育てる行動を起こすことはありませんでした。