見返り美人
浮世絵の「見返り美人図」をご存じでしょうか?えー聞いたことないよ~という方でも一度は目に
したことがあるのではないかと思います。菱川師宣(ひしかわ もろのぶ)の作品でモダンアート
を思わせる、精緻な花模様と吉弥結びの帯からも裕福な町人の娘さんを連想します。将軍で言えば
徳川綱吉の時代。新井白石や柳沢吉保が活躍していた時代です。私は思うのです。なぜ振り返る?
「振り返れば奴がいる」というドラマ(織田裕二、石黒賢主演)もありましたが…
このような見返りのしぐさには、相手を正視できないまがまがしさも秘められているのです。
ギリシャ神話のオルフェウスは、毒蛇にかまれて死んでしまった妻を冥界から取り戻すために、地上
に上がるまで決して振り返らないと約束をします。ですが、あと一歩というところで約束を破って
企ては失敗してしまうのです。これはオッフェンバッハの「天国と地獄」のオリジナルです。
我々も、いったん外出してから、鍵を閉めたかな?とか電気を消したかな?という風に気になること
があるのです。これは強迫観念の一種と言えます。誰にでも経験はあるはず(笑)と思っています。
皆さんもありますよね?確認して外出した後に、また不安に駆られて自宅に戻るようでは普通では
ありません。まして、これを何度も繰り返してしまうようになれば、病的な脅迫行為と言わなければ
なりません。いくら気にしなくてよいと頭の中でわかっていても、心に強く迫ってきて、意志の力では
抑制が効かずに無意味な行為を繰り返してしまう。本人はひどくつらいのに、周囲には全く理解されず
社会生活もままならなくなってしまう状態を強迫神経症(強迫性障害)と言います。見返り美人は
そんな障害に陥っていたのでしょうか?いったいどんな衝動に駆られて後ろを振り返らずにはいられな
かったのでしょうか?通りすがりにイケメン男子がいたのか?すれ違った同性の着物の柄が気になった
のか?あるいは何かが追いかけてくるような気がして確かめずにはいられなかったのか?
私は、自分の美しさを人に認めてもらいたくて意味もなく振り返るポーズをとってみせたのではないかと
勝手に推理しています。この絵には様々な思いが込められているのでは?と勝手に想像しています。