2024.09.13

逃げ上手の若君

最近、子供から大人まで人気らしい漫画「逃げ上手の若君」ってご存知ですか?

私はノーマークでした。鎌倉時代の終焉の話(らしい)です。以後、子供達から聴取。

〜鎌倉時代の最後の徳宗である北条高時の子供で北条時行(ときゆき)が徳宗被官の諏訪盛高に

よって信濃国に逃れ・・・逃げて逃げてのお話〜

とのことです。誰から逃げたのかそうです。鎌倉幕府の後に室町幕府を開いた足利尊氏です。

足利尊氏は当初鎌倉幕府の御家人であったのに、反旗を翻したのは後醍醐天皇の政権下での

最大の武家勢力として天皇を全力で支えることだったと考えられます。後醍醐天皇は鎌倉幕府に対して

正中の変、元弘の乱など討幕を企てますが、失敗。鎮圧に向かったはずの尊氏が後醍醐天皇側に寝返り

六波羅探題を滅ぼし、幕府が滅亡するというストーリーなのです。

尊氏は背中の腫れ物が原因で死亡されたとしていますが、健康な54歳が背中の癰(よう)からいきなり

敗血症になるなんて考えにくいです。むしろ免疫不全症に陥りやすい糖尿病があったのではないかと

考えられます。そのほかにも朝敵(天皇の敵)になったことを悔やんで出家したり、合戦で苦戦に陥ると

すぐに切腹しようとしたりしたようです。また、資料によると非常に気前が良くて、新しく得た領土を

傘下の武将に与えたために非常に慕われたものの、言動に一貫性がな具変動性が激しかったようです。

このような精神状態を双極性障害と呼び、メタボリックシンドロームや糖尿病、、心血管系の疾患が

多いことが指摘されています。双極性障害と糖尿病にはともに慢性炎症を背景とした脂肪酸と

リン酸代謝異常の側面があり細胞膜、ミトコンドリア異常が関与することが示唆されています。

さらにこれらの疾患にかかりやすい遺伝子があることがわかってきており、予防的な治療も

可能な時代になっております。

尊氏の祖父、家時は天下を取れないことを嘆いて突然切腹したり、

天皇になろうとして果たせなかった義満(3代)、

義満の子で暴君だった義教(6代)、芸術のみに情熱を注いだ義政(8代)など、

足利氏の将軍達は変わった遺伝子をお持ちなのかもしれません。